法話

  住職 小栗隆博
  日:平成25年秋彼岸
  於:東京 成願寺

  住職 小栗隆輝 
      日:平成21年12月18日 
      於:東京 成願寺

  副住職 小栗隆博 
      日:平成21年秋彼岸 
      於:東京 成願寺

東日本大震災、原発とわたしたち

西日本に在住する我々は、3月11日の大震災以降に発生している絶え間ない余震や放射能の恐怖、あるいは停電の不安に悩まされることはありません。しかし、今回起こった大震災においては、2万人を越し、もはや3万人に近い方々が犠牲となったことだけは決して忘れてはなりません。

マルチタレントのビートたけしはこのことを、
”2万人が亡くなったひとつの事件として捉えるのではなく、一人ひとりが亡くなった事件が2万件あったのだ”
と捉えなければ、その本質を見失うと、ある雑誌で述べておりました。

ある方は大切なお子さん、ご両親、お孫さんを亡くされたり、或いは一時にすべての肉親を失って天涯孤独になってしまったり、または家族すべてが残らず津波にのまれてしまった場合もあるかも知れません。

ここで考えてみなければならないのは、
われわれはこの震災の犠牲者や被災者の方達に比べ、たまたま運が良く、幸福であっただけなのであろうかということです。

もしかしたら、この地震は中部地方に縦走する数多くの断層を震源としていても、おかしくはなかったのかも知れません。
あるいは再び、濃尾地震や東南海地震のような大地震が、近い将来に我々を襲わないという保証はありません。

つまり、現在被災者として苦しんでおられる方たちの姿は、今後我々が直面しなければならない苦しみの姿であるのかも知れず、
また今回の地震により肉親を失った方々の悲しみは、曽て我々がそれぞれの肉親や家族とつらいお別れをしてきた姿そのものでもあるのです。

ここに至り、このたびの震災はまったく他人事ではないと言うことがご理解いただけると思います。

つまり、今回の震災の犠牲者の方々を悼み、被災者の方々の復興を願うことは、すなわち、我々自身の先祖を悼み、自分自身を供養することにほかならないのです。
だからといって自法寺檀信徒としては、もちろん必要以上に萎縮し、行動に制約をかける必要は全くありません。

ただ、このたびの震災による苦しみを我々自身のものでもあると正しく認識し、被災者の方々の幸せを願う気持ちを、自らの幸せを願う気持ちと同じく、常に忘れないようにしていきたいものです。
そのような心持ちで、これまでと変わらず、いやそれ以上に、皆さまには日々ご精進をいただきたく思います。
                                   合掌
  平成23年3月21日

祖廣山 自法寺

岐阜県恵那市飯地町919

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